「布のドレス」

町に着いた。
ドラゴンの角から風のマントで飛び降りて・・・徒歩で1週間、私たちは大陸最大の港町、ルプガナに到着した。

・・・街になんか行きたくなかった。




だって・・




だって。



「お・おい・・あのコ見ろよ・・・ボロボロだぜ」
「なんだーアレ?可哀相に・・・どうしてあんな格好してるんだ・・・?」


見ないで・・・お願い、私を見ないで。



「ね・ねえ!見てよあのコ!うわぁ・・恥ずかしくないのかしら、あんな格好で!」
「・・・浮浪者かしら?どう見てもそうにしか見えない・・」
「でも・・冒険者風の男達と一緒にいるわよ?浮浪者ではないんじゃないの?」
「プッ!もしかして、アレじゃないのかしら・・・」
「アレ・・・って?」
「奴隷って・・やつ?」
「え〜〜!?まっさかぁ!・・いやぁね、変な事言わないでヨ!想像・・しちゃうじゃない」
「でも・・ホラホラ、あの子、大人しそうに見えて・・結構『好きそう』な顔しているじゃない・・・」


・・・・・ひどい。


「おいお前・・・誘ってみろよ、あのコ。お前なら多分OK貰えるぜ・・・・」
「ヤッだよあんな汚ねえ女!いくら可愛いからって、あれは汚すぎ」
「そうだけどさあ、やっぱ可愛いぜ。・・・俺よう、何かタマらなくなってきた・・・へへへ・・」


・・もう・・嫌。


「ね・ねえ、くえすと・・・?あの、お願いがあるんだけど・・・・」
「ん〜?何だどう〜した?」


ニヤニヤして・・嫌な人。今私が何を言われてたか、聞いていたくせに
・・。


「あのね?そろそろ私にも、あ・新しい装備を買って欲しいんだけど・・・」
「どうしてだ?お前はその装備で充分だろ・・お前の仕事は、俺の後方援護なんだから。」
「そ・・それはそうなん・・だけど」
「心配するな!お前にもしものことがあったら俺がすっ飛んで助けに行ってやるから!な!・・・くっくっくく・・」
「・・・。」


・・・確かにそう。彼は大陸一の・・いえ、世界一の剣豪。本当は私が後方援護する必要も無いくらいに彼は強い。
私の装備を買うより・・彼の装備をより強くした方が効率的・・それはわかっている。でも・・



「くえすと・・あの、あの。」
「なんだ。・・まだなんかいいたい事があるのか?」


私は・・思い切って言う事にした。いつまでもボロボロの服を着てるのは・・恥ずかしいと。


「あの・・・・恥ずかしいの。この格好が。凄く恥ずかしいの。」
「え?そんな事は無いよ。よく似合っている。」
「・・え?」


似合ってる・・だなんて・・私を馬鹿にしてるの!?


「似合ってるとかじゃなくって、恥ずかしいって・・私は言っているの!!」
「・・怒るなよ。・・・いいか、お前は権威あるムーンブルクの王女だ。
・・そりゃ潰れちまったのは残念だけどな、それでもお前の高貴さは何も失われちゃいないって。」

「そんな・・だって、さっき私が何を言われていたか聞いてたでしょ?」


彼はこの状況を楽しんでいるのかしら・・・・ううん、そんなはず・・


「え?ああ・・・・・嬉しい事じゃないか」
「嬉しい・・?それってどういう事・・・・・」


時々彼が何を考えているのかわからなくなる時がある。


「あの男たちはお前に女としての魅力を感じているんだろ?嬉しい事じゃないか」
「あ・あれはッ!魅力とかそんなのではなくて・・・・その・・・」
「その・・・なんだよ?」
「だから・・私がこんな恥ずかしい格好をしているから・・・あの人たち・・・」
「その格好って・・・?」
「だから・・・私が、こんな汚い服をっ」

・・・・自分の服装を今更ながら眺めてみる。
所々破れた生地。そこから覗く肌。浅黒い・・・汚い肌。
後ろなんてもうボロボロ。背中が半分以上露出している。
前はまだそんなに破れてないから・・まだいいけど・・・・これじゃ・・本当に・・・本当に、「奴隷」みたいじゃない・・・・
恥ずかしい・・・どうしてこんな思いをしなきゃいけないのかしら・・・

「そ・それに、私・・あの女の子達に非道い事を・・・聞こえてたでしょう?」
「いや、それは・・くくくっ・・聞こえなかったが?」


ウソ・・・!!今、あなた笑ったじゃない・・・・!!



「うそよ・・聞こえてたはずよ・・・」
「いや、本当に。何て言われたんだよ?」
「・・・それは」
「え?何て言われたんだ?言ってみ?」
「・・どれ・・・・・・・・って・・・」
「何だって?聞こえねーぞ!」
「ん・ん・・・」


・・・そんなことを私に言わせてどうしようと言うの!?これ以上私に・・・恥をかかせるつもり・・・・・!!?




「クククク!奴隷・・ってかあ?」

「!!!!」

「ぷっ・・・・・非道いよなぁ、確かに!!」

「そ、そんな大声で言わないでッ!」

「いや本当に!それは言い過ぎだよなぁ。
いくらなんでも、
王女に向って「奴隷」・・・だなんてよ!!」

「やめ・やめて!」

「ハッハッハッハッハッハッハ!!!
差し詰め俺は、御主人様ってか!?
そりゃいいな!本当にそうするか?オイ、どうするよ!?」



「―――――――――ッ!!!」


私の全身が羞恥に染まる!!!


もう―――――――許せないッ!!!




「何よ!どうし・どうして貴方ってそう・・そんなに!!意地悪なのッ!?馬鹿ッ!!
そうやって私がいつも・いつも、貴方の言いなりになるなんて思っている!?
そうは・・そうはいかないわ!!お金をっ・・お金を貸してよッ!!
もうこんな格好、私は、我慢が・・・・が・我慢がならないの!!もう・・・もう限界よッ・・・・・!!

「へえ・・・」


しまっ・・・・・


「そんな一面もあるんだ・・意外だ。」
「あ・・・・・・ご、ごめんなさ・・・
「でも気にいらねえな。」
「・・・・・え」
「気にいらねえって言ってるんだよ。お前、一体何様だ?」
「私、どうか・・してた。どうかしてたの!」
「金をよこせだ?あっはっは、こりゃいい。」
「だから言い過ぎた・・・言い過ぎたわ!ごめんなさい!!ごめんなさい!!」
「くっくっく!は――――、あんまり笑わせないでくれよ?」
「・・くえすと?」
「お前をここに捨てていってもいいんだぜ・・」
「・・!」
「ここでお前を放って行ったらどうなるだろうなあ?な、アーサー?」
「に、兄さん・・」
「よう、どうするよマリア?俺が嫌いなんだろ?」
「それだけは・・くえすと、お願い・・それだけは・・」
「ふん・・・二人して青ざめた顔しやがって。冗談だ。今の発言は無かった事にしてやる。でも二度は無い・・わかったかコラ」
「う・うん!わか・・った!・・ありがとう・・ありがとう!」
「さってと・・俺は酒飲みに行ってくるわ。適当に宿探しておけ。」
「ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう・・!」


私は彼の後姿が見えなくなるまで「ありがとう」を繰り返した。


逆らえない。
彼には絶対・・逆らえない。
今の私には、彼しかいないんだから。
逆らっては―――絶対ならない。



「元気出して・・・マリア姉さん・・」


アーサーが心配そうに私の顔を覗き込む。



「ごめんね、何にも言えなくて。僕も兄さんは怖いから・・・」
「え・・・うん・・ありが・・・」
「涙拭いてあげるから・・泣かないでよ」
「うん、うん、うん、う・・・・ん」




・・みっともないな。

こんな格好で、

こんな街中で、

私は顔をくしゃくしゃにして、

大声をあげて・・

まるで子供のように泣いている。




・・・ホントに、みっともないな・・・




・・・・・その日の夜。
私は外に出る元気も無く、部屋でぼうっとしていた。くえすとはまだ外でお酒を飲んでいるし、
アーサーは外で剣の稽古をしている。
・・・私も気晴らしにって誘われたけど・・・気分じゃないし、恥ずかしいし・・アーサーには、悪い事しちゃったな。




・・・・。




シ・・ン・・・とした部屋で一人でいると・・・幸せだったあの頃のことが思い出される・・・
世界は平和で・・・お城も・・・自分のお部屋もあって、お父様もお母様も・・・従者達も・・・みんないて・・・
・・その幸せが奪われたのは・・本当にあっという間だったな・・・。
でもその地獄から・・くえすとがちょっとだけ助けてくれて・・・それでも世を儚んでいた私に・・・
諦めてるくらいなら今この場で殺してやる。死にたくなかったら俺に協力しろって・・・諦めるなって・・
ふふ。本当に口が悪いの、あの人は。
昔からそうだったな・・・昔っからあんな感じ・・全然変わらない。
でも心が凄く強くて・・・・自信家で・・・・実際強くて・・・
本当の勇者って、あのぐらい我が強くないといけないのかな・・・
うん、あの人なら絶対この世を平和にしてくれる。私は信じてる。あの人に付いて行けば、私も強くなれる。
・・・・ふふ、あとはもう少しだけ、私に優しくしてくれれば・・いいのにな。




・・・そんな事を考えていた時、町中から怒号のような悲鳴が聞こえてきた。
子供の泣き声。女の子の悲鳴。町の自警団の住民を誘導する怒鳴り声。




――――魔物たちに街の砦を突破された!




そう思いたった瞬間、私は外に飛び出した!!
くえすとはっ!?アーサーは・・どこっ!?
・・ううん、いつまでも人の後方で戦っていてはいつになってもあの人に認めてもらえない!!
私だって!!私だって!!勇者ロトの血が流れた・・・正統な、後継者!!

必死になって自分を鼓舞しながら、魔物たちを探して・・走る!!

・・途中で、敵の炎で焼かれた子供らしき亡骸が路地に転がっているのを見た!
ごめん、ごめんね!今はお姉さん、魔物たちを探さなきゃならないから!!もうちょっと、もうちょっと待ってて!!
もうちょっとしたら、あなたを供養してあげるからッ!!もうちょっとだけ・・待っててッ!!!


・・・前方に、魔物の集団が見えてきた!!
・・あいつら・・・あいつらね!?
あの子を焼き・・・殺したのは!!
ひどい・・ひどいよ!あんな小さい子を・・あんな非道い、殺し方ッ・・!!




同じように・・・・焼き殺してあげる!!




・・・え?

誰か・・戦っている・・?

あ・・・くえすとだ。

彼が何十もの魔物を相手に・・・闘っている。
ああ・・まただ。
また彼は、一人で闘っている。
結局、いつもと一緒ね・・・
彼は私なんかがいなくても、一人で立派に闘える・・・
そうね、彼は剣を持ったら悪魔のように、強いもの・・・



・・・・・見つけて数秒もしない内に、彼は魔物全てを倒していた・・・・圧倒的。
炎に包まれている家屋をバックに、魔物たちの死体を見下ろしている彼を見ていると・・・
それこそ彼が本物の悪魔のように見える・・それもいつもの事。


「あ!?くえすと――!!後ろ・・後ろ!」

まだ魔物が残っていた!
姿を潜めていた翼の魔物は遥か上空からくえすとに向って恐ろしい速度で滑空してくる!!
ダメ!間に合わない!!
私はその時咄嗟に呪文を詠唱していた!真空の渦を次々と生み出し、魔物に向ける!!


じゃっき〜ん

真空の刃が魔物の右手を切り飛ばす!
すると魔物は、今度は自分目掛けて目にも止まらぬスピードで襲い掛かってきた!!



「マリア!?おい、気をつけろ!そいつは魔法を封じてくるぞ!」


くえすとのその言葉を聞いた瞬間、魔法を詠唱しながら私も魔物に向って突進した!
魔法を封じられたらひとたまりも無い!
くえすとは体勢を崩しているし・・・ここは私がやるしかないッ!!!
あっという間に至近距離!
そして、そいつが魔封術を詠唱し終える前に・・・・
私は火炎を呼び出しその口の中目掛けて・・放り込んだ!!

・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
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・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・


気が付くと・・私はベッドに寝ていた・・・


「う・・・・・ん・・・」


・・・・・・・・・・・・・・・・。


はっきりと覚えている。アレは夢なんかじゃない。
魔物が街中に襲ってきて・・
何人もの人間を殺して・・・あの子も・・・
そして私は・・・最後の魔物を・・・・あの子がそうされたように炎で焼き殺した・・・・・。


「そして私は・・気を失っちゃったのね・・・」


ベッドから立ち上がり、窓から外を眺めてみる。




・・・・・・・・あ。

くえすととアーサーが街の修復作業を指揮している。

私も行かなきゃ・・・・

そうは思いつつも、昨日のことを思い出すと・・・沈鬱な気持ちになる。


町の人々に嘲笑の目で見られたこと。
本当に非道い事を言われたこと。
くえすとに突っかかってしまったこと。
そしてそんな自分に無力感を感じてしまったこと。
幸せであった頃を思い出してしまったこと。
子供の無残な死に触れたこと。
そして・・自分でも信じられないくらいの暗い殺意衝動を覚えてしまったこと。



「ふ―。こんな事、いつまで考えててもしょうがないわ・・・早く、行かないと・・あれ?」


机の上に紙袋が置いてあった。あれ・・・手紙も添えてある。


「・・・・・?」


読んでみる。




その服をくれてやる。起きたら着替えて早く修復作業を手伝え。




そして・・手紙の最後の方に何か・・乱暴に消し去られた文字の跡のようなものがある。





昨日は助かった。これは、そのほんの謝礼のつもりだ。




そう読み取れた瞬間、私は部屋を飛び出した。
そして私は涙と笑顔でくしゃくしゃになった顔で、こんな事を考えていた。




早く作業を終わらせて・・・・




亡くなった人たちを弔って・・・・




そして・・そして・・・全てが終わったら・・・・




あの服に着替えて、彼に飛びついて。




「似合う?」って・・・・




最高の笑顔で聞いてやる。


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