「絶望村」前編 朝、起床してから朝食を摂り、それから散歩、勉学、剣の稽古・・人様々。昼に昼飯を食べて、それからは村民みんなで釣りをする。そして夕方に夕食を摂って、夜は家族で共に寝る・・・・そんな昔ながらの生活を営む人々の住む、名も無い辺境の村がある。 村の外に出てはならない よそ者を村の中に入れては絶対ならない これは破ってはならない、村の絶対の掟。・・・・・こんな世間から隔絶した生活をしていて、みんながどうやって生計を立てているのかいつも疑問なんだけど・・・大人に聞いても、返って来るのは「それは大地の精霊に加護されているから」という答えだけ。僕ももう17になるというのに、未だに子ども扱いな事にはいい加減頭に来るけど・・・僕はこの生活、村の人々が大好きだ。 僕はくえすと。名も無いこの村の若者。昨日、17になったばかりだ。昨日の誕生日は村のみんなが祝ってくれてとても嬉しかったな・・剣と魔法の先生(僕は師匠と呼んでいる)もいつもの厳しさがウソのように昨日は優しかったし、シンシアも・・・・まるで自分の事に様に喜んでくれたし・・ 「なーに?くえすと、ニヤニヤしちゃって・・ああ、そうか、夕べシンシアちゃんと踊ってた事を思い出してるんだろう?全く、父親に似てスケベだね!」 「な・なーんだよ!そんなんじゃないよ!シンシアなんて・・・シンシアなんて・・・別に僕は・・そんな・・」 「なにモゴモゴしてんのさ。さあ、朝ご飯食べたらいつまでもダラダラしてないでとっとと散歩にでも行ってきな!」 「わ・わかったよ!いってきまーす!」 (うるさいな母さんは、全く!) 僕は朝の陽光眩しい外に飛び出した。・・この村は凄く自然が豊かだ。見上げれば村の外に並んで聳える巨木から木漏れ日が覗き、何羽もの鳥が木々を飛び交う。周りは花畑だらけで数種の花が咲き乱れていて、いつもみんなの目と鼻を楽しませてくれる。 僕はその幾つかある花畑の中でも村の中央にある花畑に足を向けていた。そこに、いつもシンシアがいるからだ。 ・・・シンシアは花畑の丁度草むらになっている所に大の字に寝そべって空を眺めていた。どうやら僕が来た事にまだ気付いていないようなので、暫くシンシアをみつめる事にする。 ・・いつも思う事だけど、シンシアがこうやって一人空を眺めている時、とても僕と同い年とは思えないほどに――最も、昨日同い年になったばかりなんだけど――大人っぽい表情をする事がある。どこか遠い・・空の上にある何かに向けて思いを馳せているような・・・見ているこっちの胸が苦しくなるような儚い視線を送っている・・そんな気がするんだ。・・空の上に何かがあるなんて、まさかそんなはずは無いんだけど。 「くえすと・・おはよう。そんな所に突っ立ってないで、隣に来たら?気持ちいいよ・・こうして空を眺めていると。」 「え・・・・」 僕は急激に顔が火照るのを感じた。ヤバイな・・・シンシアの顔をずっと見ていたこと、気がつかれたかな?今優しくそよいでいる風が少しでもその熱を冷ましてくれればいいんだけど・・ 「うん・・・じゃあ。・・・・・よっと!」 僕はそんな思いに気付かれないように、勢いをつけて草むらに寝そべって空を見詰めた。・・・・ちら、とシンシアの顔を横目で見てみる。 「ふふ」 そんな僕を見て、シンシアは微笑する。目が合ってしまった・・・どうしてだろう・・僕の思ってる事は全て彼女に筒抜けになっている・・・彼女の笑顔を見ていると、どうしてもそう思えてならないんだ。僕は急に気恥ずかしくなり、さっき思った疑問を咄嗟に聞いていた。 「あのさ・・シンシアって、ここでいつも何を見ているの?」 「なにをって?んー、空と雲と太陽・・かな?」 「・・・そうじゃなくて。なんかシンシアって、空にある何かを見詰めているような・・・そんな気がするんだけど。」 「・・・・・・・・。」 シンシアはごろっと体の体勢をこちらに向けて、じ・・・・・っと僕の顔を見る。なんだか判然としない表情だ。「何を言ってるの?」と言ってるような気がするし、「気が付いたの?」って言ってるような気もするし・・・いや、違うかな。どちらかというと、「思い出したの?」って・・・そう言ってるような気が・・・・・ え?今・・・・? 「思い出したって・・・・何を?」 「?」 シンシアは顔全体で?の表情を浮かべている。 「あれ?今僕に、思い出したの?って訊いたよね?」 「?言ってないよ、そんな事。」 「あれ・・・おかしいな。確かに僕にはそう聞こえたんだけど。」 「なに?くえすと、まだ寝惚けているの?」 「あ・あはははは・・・そうみたい。」 「うふふ」 「あははははは・・・・まいったな」 「可笑しい」 「本当だね、可笑しいね・・」 ころころと笑うシンシアの笑顔を見ていると・・・なんだか自分がふわっと空に浮かんでいるような・・不思議な気持ちになって来る。シンシアは僕が子供の頃から知っているけど、彼女と会うたびにこういう不思議な気持ちになるんだ。もっと・・もっと昔に僕等は会っていたような・・そんな懐かしい気持ちになってくる。 不思議な女の子・・そうなんだよな、考えてみると僕は彼女の事を何も知らない。何にも知らないんだ。彼女に両親がいない事も最近知ったばかりだし・・村のどこに住んでいるのか・・・一体彼女はどこからきたのか・・それは今もわからない。なんだか聞いちゃ悪い気がするし・・子供の頃は気になって仕方が無くて、会うたびに聞いてたけど、今はもうそんな事気にならなくなったしな・・・・・・・ ・・・・・・・・・あれっ?と思う。 僕達は、どれだけ見詰め合っているんだ?僕達は体勢を互いに向き合わせて、じっと互いの顔をみつめあっている。でも、シンシアの深い色の瞳を見ているとそんな事はどうでも良くなる。いつもだったら恥ずかしくてすぐに目を逸らすんだけど。 ・・・・かわいいな。エメラルドグリーンの髪、ほっそりとした輪郭に意志の強さを象徴するような弓形の美しい眉、深い碧の瞳と小振りな鼻、燃えるような赤い唇が・・それぞれ美しく、バランスよく位置している。 はあ・・・きれいだな。その艶やかな髪を少しだけ頬に垂れさせ、僕の眼をじっと覗き込んでいる様はなんていうか・・・奇跡のような可憐さだ・・・・・・・・・・・・って、な・何て恥ずかしいフレーズだ。そ、そうだ。こんな至近距離でみつめあってるからこんな恥ずかしい事を―――え!? 見詰め合っている――――!!?? ガバッ!! 僕は勢い良く体勢を逆に向ける。あ、ああ・・わかる。今、僕の顔は耳まで真っ赤になっている事だろう。 「どうしたの?」 「・・・・・・・・別に」 「ねえ・・もっとみつめあおうよ」 「エ・・・・・・・?」 「ねーったら・・・こっちを向いて」 「ど・どうしてだよ!別に見詰め合ってなきゃいけない理由なんてないだろうっ!?」 ・・・こんな真っ赤になってる恥ずかしい顔、見せられるかっ! 「そう?・・・残念。もう少し君の顔を見ていたかったのに。」 「・・・・・・・。そ・そうだ!僕、これから魔法の訓練をしなきゃいけないから!じゃ・じゃあね!シンシア!!また!明日!」 「あ!?くえすと!」 ダーッと駆け抜ける。ああ・・僕は何て恥ずかしい奴なんだ!くそ!くそ!いくら恥ずかしかったからって、走って逃げて来るなんて!シンシアもシンシアだよ!あんな事を言われて困る僕の姿を、楽しんで見ているんだ!そうに違いない! ・・・・・・・・・・・・・・。 ああ・・・ダメだ。僕は多分、後ろを振り返ってしまう。・・・・僕は走りながら後ろをちらりと見た。 彼女は後ろ手に少し寂しそうな表情で佇んでいたけど、僕が振り返ると顔を横にちょこんと傾け、まるで花のような笑顔を輝かせた。 ダーーーーーーーー!!一気に加速! あー、どうしてだろう。どうして彼女の笑顔を見るとこんなにも気恥ずかしくなるのだろう。胸が切なくなるんだろう。・・・その解りきっている答えを頭から追い出すように、僕は息を切らせて村を駆け廻った。 ・・・・はあ・・・はあ・・はあ・・はあ・・ふう・・・どれだけ走ったのかな・・・あ・・・ここは・・病院か・・・・・・せっかくここまで来たんだし、たまには先生に顔でも見せてくるかな・・・この病院の(といっても最低限の設備しかないらしいけど。・・・誰かが重い病気にでもなったら、一体どうするつもりなんだろ?)先生は父さんの釣り仲間で、僕も小さい時によくお世話になったのだ。 「先生ー?遊びに来たよ〜・・・・・・・・・・あれ?いないのかな?」 「君は・・・・・?」 不意に後ろから声を掛けられて、僕は飛び上がるほど驚いてしまった! 「わ!?」 「あ・・・すまない、驚かせてしまったようだね」 「い、いえ・・・・あの、あなたは・・・?」 ・・・今まで見た事も無い人だった。ほっそりとした身体つきをした、線の細いタイプの男の人。年は・・・僕より5つくらい上かな?なんだかシンシアには会わせたくないな。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 おかしいな。この村にはよそ者を村に入れてはならないという絶対の掟があったはずなのに。 「私はピサロという旅の者だ。村の外で倒れている所をここの先生に助けてもらってね・・・・・…君は?」 「あ・・・すみません、僕はくえすとって名前です。」 「ふむ。ん?君の額にあるその印は、なんだね・・?」 ぞく・・・ピサロと名乗るその男がそう言った瞬間、彼の眼が暗く光ったような気がした。彼は尚も鋭い眼光で僕の答えを促している。 「こ・これは・・僕が生まれた時からあったアザだって・・・・父さんが・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・。」 「あの・・・?」 「そうか。」 「え?」 「こんなところにいたか」 その瞬間。病院全体・・いや、村全体が真っ暗に暗転したような気がした。いきなりの事に僕は驚いて、回りを見渡す。 あれ・・誰か倒れている。 近づいてみる。 倒れていたのは、既に息絶えていた先生の死体だった。 「ひっ!?先生!せんせ・・・い?・・・・・どうして?・・・・・どうし・・・・・・・誰だ・・・・・・・誰だ、誰がこんな事をしたの!?」 「案外ニブイんだな、噂の勇者というのも。そいつは私が殺したよ。怪我している振りをしても即座に見破られてしまったものでね。・・・・私はここでこの村の様子を見ていたんだ。ある人間を探していてね・・・まあ、その探し人もたった今見つかったのだが。フフ・・」 「あ・・・ああ」 ・・さっきの男だった。男はいつの間にか僕の背後に回り込んで凄まじく殺気のこもった目で僕を見下ろしていたのだ。僕は嫌な予感がして咄嗟に身を翻し、体ごと窓に突っ込んで外へ飛び出した!・・お世話になった先生の仇を討ちたいという気持ちもあったが、あの・・あの男の殺気を見た瞬間、僕は逃げざるを得なかった・・悔しいけど・・今の僕では太刀打ち出来ない!ここは大人を呼んで、みんなで攻撃するべきだ!・・そう思ったのだ。 ・・ああ。 今から考えてみれば・・あの時、僕はそのまま奴に殺されていれば良かったんだ。 そうすれば、あんな・・あんな死ぬよりも辛い思いをしなくても済んだのに。 僕は外に出て、走りながらふっと上空を見上げたんだ。 するとそこにはさっきまで美しく晴れ渡っていた青空がウソのような暗闇が覆っていて。 数十、いや数百の魑魅魍魎の魔物たちが。 僕の村全体を冷たく見下ろしていた。 続く 戻る
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